ルイアラゴンストラスブール大学の歌

7月23日日に愛媛県中小企業家同友会専務理事の鎌田哲雄さんを偲んで、鎌田哲雄さんを語る特別例会が県民文化会館の真珠の間で行われて、はや4日がたつ。

いまだに鎌田さんが亡くなったという実感が湧かず、どこかの病院で治療していてひょっこり顔でも見せそうな気がするのだが

色とお世話になりました。安らかにお眠りください。

私の手元には当日出席者にいただいた鎌田さんのポートレートがあり、その枠外に次のような言葉が添えられている。

学ぶとは、誠実を胸に刻むこと。教えるとは、希望を共に語りあうこと。

鎌田さんが以前にも愛媛同友会の会報のコラム陶治でも取り上げていたが、フランスの詩人ルイアラゴンストラスブール大学の歌の一節だ。

全てこの詩をのせると相当な長文になるので、一部紹介する。

ストラスブール大学の歌

陽の色に輝やくカテドラル

ドイツ人どもに囚われながら

おんみは倦むことなく数える

めぐる季節を月日を流れる時を

おおストラスブールのカテドラル

学生たちは別れを告げて逃れ出た

アルザスの空翔ぶ鵠鶴と

おんみの薔薇形窓の思い出を

いっぱいつめた背負袋を肩に

それはながい別れとなる

教えるとは希望を語ること

学ぶとは誠実を胸にきざむこと

かれらはなおも苦難のなかで

その大学をふたたび開いた

フランスのまんなかクレルモンに

古今の学に通じた教授たち

審判者の眼差しをもった若者たち

君たちはそのかくれ家で

大洪水の明けの日にそなえた

ふたたびストラスブールへ帰える日に

学問とは永い永い忍耐

だが今なぜすべてのものが黙っているのか

ナチどもははいりこんできて殺している

暴力だけがやつらのただ一つの特性だ

殺すことだけがやつらのただ一つの学問だ

後略

一九四三年十一月、中仏オーェルニュ地方のクレルモンフェランにおいてストラスブール大学の教授、学生たちが銃殺され、数百名が逮捕された。大学は戦火と弾圧を避けて、

ストラスブールからクレルモンの地に疎開していった。

その時の悲劇がアラゴンにこの詩を書かせたのだった。

学生、教授らが当時が感じていた絶望感としかし自身の良心に従った誠実な生き様を、鎌田さんが布団一つで愛媛にやってきて、当初あっという間に会員がいなくなり、同友会を左翼団体などと陰口を叩かれながら、奮闘していた鎌田さんが自身に重ね合わせていたことは想像に難くない。

この日のグループ討論で私と同じテーブルに中小企業家同友会全国協議会顧問の国吉さんが言う鎌田さんの昔話の中でこのように語っていた。

彼鎌田さんは、若いころ頑固だった。全国協議会からの方針にも従おうとしない。愛媛同友会は鎌田個人商店のようだった。後年になって大分柔軟になり、全国協議会に足並みを揃えてくれるようになったが。

しかし、そんな鎌田さんに全国の同友会が指針を求めて教えを乞いに来た。

自分の頭で考え、自分の言葉で語る。受け売りの言葉で人が動くわけがない。

渡る世間は鬼ばかりそんな中でいかに誠実に希望を失わずに生きていくか、鎌田さんの生涯からその困難さと大切さをあらためて感じ、自身も手本にしなければと思うこのごろだ。